「一見さんお断り」の文化を今に活かす。京都市観光協会のインターネット・インバウンド戦略


日本有数の観光地、京都。日本に来るインバウンド客が増える中で、京都はどのような観光戦略を描き、そのファンを増やしているのか。

「外国人と共に歩む未来のビジネス」をテーマに開催されたGLOBALIZED 2019では、「世界的な観光都市へ 京都市のインターネット・インバウンド戦略」と題し、京都市観光協会マーケティング専門官の堀江卓矢氏が講演。本稿では講演の模様をダイジェストでお届けします。

京都市観光協会 マーケティング課 DMO企画・マーケティング専門官 堀江 卓矢

京都市出身。京都大学大学院農学研究科修了後、株式会社三菱総合研究所に入社。リサーチャーとして、官公庁事業の公共政策評価や、航空業界における経済効果分析、東京都を始めとした観光マーケティング業務に従事。2016年、京都市におけるDMO立ち上げを機に、マーケティング責任者として京都市観光協会へ転職。経営戦略の策定、法人サイトの刷新などのコーポレートブランディング、統計データ分析、メディア運営設計などを手がける。

京都市を盛り上げるDMO・京都市観光協会

DMO(Destination Management/Marketing Organization)という言葉をご存じでしょうか。その地域の観光資源について地域と協力して観光地づくりを行う法人のことです。堀江氏が所属する京都市観光協会は1960年設立の、会員企業1500社を超える日本有数の歴史ある観光協会。最近ではDMOとしての機能を意識しマーケティングを強化しています。

直近3年間(2015年〜2017年)、観光客実人数だけで言うと減少トレンドです。その要因は、日本人の日帰り客が減っていること。一方で、日本人の宿泊客と外国人観光客は増加しており、特に外国の方が増えています。(堀江氏、以下同様)

京都への観光客数が減っているので観光消費額が少なくなっているかというと、そんなことはありません。2015年に0.97兆円、2016年に1.09兆円、2017年に1.13兆円と、むしろ増加傾向。その要因は、外国人の消費単価が高いことにあります。

山手線の内側の面積にほとんどの観光名所が収まってしまうほど狭い京都という土地において、このように「量より質」の追求によって持続可能な観光地づくりを実現する。これが、京都市観光協会の課題でありミッションなのです。

インバウンド目線から見た、観光都市京都の強み・弱み

観光地としての京都の強みは、多くの人が「日本に来たら京都に行く」と思っていること。特に一生に一度しか日本に来ないような欧米の方は、必然的に京都に来る機会が多いそうです。

また日本全体や、関西空港を利用する外国人観光客の約90%がアジア圏から来ているのに対し、京都ではその割合が60%弱に下がります。このように様々な国々から観光客が来ることは、災害や政情不安によって急激に観光客が減少するリスクの軽減にもつながっています。

一方京都の弱みは、デジタル化の遅れ。たとえば、最近普及率が高まっているインターネット上のサービスである「Google マイビジネス」もその一つです。これはユーザーが、Google(マップ)で検索したときに表示されるスポットや店舗情報のこと。正しい営業時間やセール情報、施設内写真を設定しておくことで、ユーザーに正しい情報をリアルタイムで伝えることができます。どの程度自分の施設が検索されているか、どのようなキーワードで検索されているかといったデータの分析も可能です。

外国人の方に、京都で観光地を探すときにどんなツールを使っているか調査したところ、ほとんどの方がGoogleマップやGoogle検索などを使っていました。言葉が通じにくい日本においては、自動翻訳にも対応しやすいGoogleマイビジネスをはじめとしたデジタルの情報が頼りになっているのでしょう。

しかし京都の主な観光関連施設におけるGoogle マイビジネスの登録率は、約52%に留まっているそう。堀江氏はこの状態を早急に改善したいと考えています。

京都に来た外国人観光客に対し、「京都で残念に思ったこと」について毎年アンケートを取っているのですが、一番多いのが「時間が足りなくて、行きたいお寺や観光スポットに行けなかった」という意見です。もともと京都は観光スポットが多いので仕方がない面もありますが、お寺などの観光施設が早い時間に閉まってしまうことが主な原因だと考えられます。

しかし、各施設がGoogle マイビジネスに営業時間や、臨時休業などの情報をきちんと掲載していれば、観光客も事前に気づくことができ「早く行かなきゃ」「代わりに別のスポットに行こう」と判断することができます。逆に言うと、Google マイビジネスに登録していないせいで、外国人観光客をがっかりさせてしまっているかもしれないということでもあります。

また、「交通機関が複雑すぎてわからなかった」という不満も目立ちます。これに対しては、Google上にバスの運行情報の登録を促すことで、解決していけると考えているそうです。


一方で堀江氏は、WOVN.ioや翻訳サービス、チャットボットなど、外国人観光客を上手にサポートするためのサービスが多く出てきていることも指摘。これらのサービスを活用して、京都の弱みをカバーしていく考えです。

今後、観光都市・京都の脅威になり得るのは、訪日リピーター層の増加です。各種統計調査によると、初訪日客によるゴールデンルート上の京都観光というこれまでの状況から、リピーターによる地方周遊にシフトしていく兆候が示唆されています。京都としては、このリスクに今から対応していく必要があると語ります。

観光都市・京都の強み・弱み・機会・脅威をまとめると、以下の通り。

強み:初めて来日する観光客のニーズを捉えやすい
弱み:個々の事業者のデジタルリテラシーが不足
機会:WOVNなどの新しいテクノロジーを活用
脅威:訪日リピーター層の京都離れのリスク

初めて日本に来る外国人観光客の情報を、新しいテクノロジーを活用していち早く蓄積することで先行利益を獲得し、訪日リピーターに再び京都を選んでもらえるような取組みが求められます。デジタルリテラシーの低さは、Google マイビジネスなどの便利なサービスを使うことで底上げしつつも、弱みは弱みとして受け入れて、海外現地メディアとの関係構築などのオフラインのコミュニケーションにも注力しています。


京都市観光協会のインターネット戦略・4つの計画とは

観光地・京都がこれから取り組んでいくインターネット戦略は、「メディアサポートによって認知形成をし、ITを活用した顧客情報の蓄積によって優良なリピーターを囲い込むこと」。そのために4つの計画を用意しているそうです。

1つ目は、京都市観光協会の会員企業が持っている様々なコンテンツを整理して、世界中に発信する取組みです。京都市観光協会には、ニューヨークやパリ、上海など世界14都市に「海外情報拠点」があり、海外のエージェントを通じて現地メディアとコミュニケーションを取れる体制を形成。このコネクションを使い、京都に関心の高い現地メディアに情報を確実に流しています。この情報が敏感な旅行ファン層に刺さり、彼らの口コミがさらに「本当に京都に来て欲しい層」、つまり初めて訪日する外国人の方に情報が届く、という仕組みを作っているのです。

結果として、アメリカの「Travel+Leisure」やイギリスの「Wanderlust」など、世界的な旅行メディアで、京都は何年も連続で人気の旅行先ランキングにランクインをしています。「京都は世界の旅行者の憧れの観光地」という憧れを持ってもらい、シャワー効果によってその魅力が全世界に波及していく、という流れを狙っているのです。

2つ目は、Google マイビジネスの普及・啓発。実例として、今春に霊鑑寺(れいかんじ)で行った文化財特別公開が紹介されました。これまでは、特設のWEBページを中心とした情報発信をしており、PVは期間中通して1万回程度だったそうです。

しかし今年はGoogle マイビジネスを活用し、特別公開についての「イベント投稿」機能を活用したところ、Googleマイビジネスに投稿された情報のPVは13.8万回と、特設サイトの10倍以上を記録したそうです。これに伴って、特設サイトのほうのPVも増加し、集客も20%以上の増加となりました。まずは簡単な情報でよいので、検索画面上に露出することで多くの観光客にリーチすることが有効であることが分かります。

こういったお金をかけずにできるプロモーションをもっと広めていきたいと思います。ちなみにGoogle マイビジネスに登録した基本的な情報は、外国人観光客が閲覧した場合には母国語に自動で翻訳されます。こうした技術をうまく活用し、もっと集客につなげていきたいですね。

また堀江氏は、Googleマイビジネスのようなサービスが普及することで、オウンドメディアの役割が変わりつつあることを指摘します。

かつては、外部の情報を集約して検索できるようにしたデータベース型のWEBサイトが力を持っていましたが、最近はGoogleの検索機能が強化されたりGoogleマイビジネスのようなサービスが実装されたりしたことで、データベース型のWEBサイトを利用しなくても目的の情報に辿り着けるようになりました。

こうした状況を受けて、DMOのオフィシャルサイトとしては、民間サイトでは手に入れることができない独自の機能やコンテンツを持つことの重要性が高まっています。海外DMOサイトでは、外部の予約サイトを経由せずにサイト内で予約ができる機能を持たせているところもあるのだとか。

オウンドメディアの主な役割は、京都に行きたい気持ちにさせるような情報を発信することではありません。それは、現地のメディアや口コミが担ってくれることです。オウンドメディアが担うべきなのは、外部のメディアが引用したくなるような確かな情報を整備することと、すでに京都に行くことを決めている外国人観光客のニーズを捉え、その後の選択や体験の質を向上させることです。

3つ目には、チャットボットによるニーズ把握が挙げられました。チャットボットは、お客様の悩みに自動で答えてより良い体験を提供する手段と考えられることが多いですが、堀江氏はそれ以上に「マーケティング手段」であると捉えているそうです。

ユーザーのニーズを知るためのツールは、Google Search ConsoleやGoogleアナリティクスなど多数あります。しかし、これらのツールで、WEBサイトに来たけれど離脱してしまった人が何を考えていたのかまでは、なかなか把握できません。

そこで有効なのが、チャットボットです。WEBサイトを訪れたユーザーがチャットボットでコミュニケーションを取ることで、自力では探せなかった情報に辿り着くことができます。その際の会話ログを分析することで、自社サイトがユーザーのニーズにどこまで応えられているのかが分かるようになります。こうした機能を活用することで、京都に来る新しい訪日外国人のニーズを真っ先に捉えて分析していこうと思っています。

4つ目は、ロイヤリティプログラムによる囲い込み。外国人観光客のリピーター化を完成させるための最終アクションです。

京都と言えば、「一見さんお断り」の文化ですね。昔ながらのビジネスモデルが現代まで続いていることにはそれなりの理由があります。受け入れのキャパシティが限られている京都だからこそ、紹介制によってあえて客数を限定し、その代わり紹介で来てくださった方の満足度は最大限にまで高めるという文化が根付いているのです。

この「紹介制」という仕組みをITによって再現していくことを目的として、京都観光のオフィシャルサイトでは、特定の条件に当てはまったユーザーにだけ画面に表示されるアンケートが展開されています。DMOのサイト上で簡単なポップアップのアンケートを出し、「京都は何度行ったことがありますか」「祇園祭のチケットを買ったことがありますか」といったデータを蓄積していきます。その回答結果をもとに、より京都に関心の高いユーザーを特定していき、リピーター化につながるようなコミュニケーションをしていくそうです。

今後の京都市観光協会の役割

京都市観光協会は、各観光サービス提供者が持っている情報を集め、それを海外に発信できる手段を持っています。日本をはじめて知る人にも、京都が大好きな層にもアプローチできるのは、当団体だけだと自負しております。

これからインバウンドビジネスで、いろいろな事業をやりたい、それに向けて情報収集したいと考えている方はぜひ、京都市観光協会に目を向けてご参画いただけると大変ありがたいです。

京都市観光協会の計画的なプロモーションを参考にしたい場合は、メールマガジンなどでその活動状況を把握できます。また年会費3万円で入会することで、様々な事業への参画も可能です。日本有数の観光都市・京都のインターネット、インバウンド戦略。是非自社・自地域で活かして下さい。

 

(執筆:金指 歩、写真:taisho)

 

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