モバイルアプリのグローバライゼーションは、マーケティングや企業ブランディングに有用な、ユーザーのあらゆる行動履歴のデータを海外企業に渡してしまう可能性があります。「外国人と共に歩む未来のビジネス」をテーマに開催されたGLOBALIZED 2019では、世界最大手のモバイルアプリデータのプロバイダーであるApp Annie Japan株式会社 日本代表ディレクター 向井俊介氏が、日本で注目すべきアプリデータの現状について、事例をもとに語りました。
App Annie Japan株式会社 日本代表ディレクター 向井俊介
国内IT企業を経て、世界最大の企業情報企業である米Dun And Bradstreet、外資系ITリサーチ・コンサルティング企業である米Gartnerにてセールス職として様々な業種を横断的に担当し、経営者レベルとのビジネスを推進。App Annieにおいては、15年以上のセールス経験の大半を情報・データ提供ビジネスに従事してきた経験を活かし、日本の新規ビジネスから既存クライアントビジネスまで広く担当。グローバルトップの業績を残す一方で、セールスプロセスの改善や仕組み作り、KPI設計やAPAC全セールスに対するトレーニング等、幅広く活躍し、2019年1月からApp Annie Japan代表に着任。
モバイルアプリから得られるユーザーの行動履歴
18年前、私が社会人を始めた頃、電車で日経新聞を小さく折り畳んで読むビジネスパーソンをよく見かけました。その手元は今、ほとんどがスマートフォンに置き換わっています。
私たちがどれほど多くの時間をモバイルに費やし、その市場価値がどれほどあるか、多かれ少なかれ耳にしているでしょう。しかし多くのビジネスパーソンは、それを他人事として受け止めている印象があります。
アプリの必要性について検討するとき、「どうやってお金を稼ぐのか」「成長の余地はどこにあるのか」ばかり気にする企業をよく目にします。しかしここで大切なのは利益ではなく、データです。モバイルアプリの利用履歴は、消費者の行動や嗜好を分析できるデータであり、企業ブランディングやマーケティング戦略を決定づけるためのファクトとして役立ちます。
今回は、モバイルアプリから読み取れるデータの重要性を説き、自分事として受け入れるきっかけとなる事例をいくつか紹介します。デジタルというチャネルをどのように活かし、どのように消費者にアプローチするか検討したい方は、ぜひ参考にしてください。
データを取得し、客観的な事実を知る
まず、ベストセラーとなった書籍「ファクトフルネス」を元に、データの持つ意味について考えていきましょう。本書は医師のハンス・ロスリング氏がデータの重要性を説き、データを持たないことが事実の認識を歪める事例を紹介しています。
いくつかの設問を引用しますので、皆さんも考えてみてください。それぞれの答えは、三択のうちどれだと思いますか?
- 低所得国に暮らす女子の何割が初等教育を修了していますか? (20%、40%、60%の中から選択)
- 世界で最も多くの人が住んでいるのはいずれでしょうか?
(低所得国、中所得国、高所得国の中から選択) - 世界人口のうち、極度の貧困にある人の割合はどのように変化したでしょうか?
(「約2倍になった」、「あまり変わっていない」、「半減した」の中から選択)
これらの質問は、本書でチンパンジークイズと呼ばれているものです。これらのクイズをチンパンジーに解かせるとランダムに指し示すため正答率は33%であるのに対し、人間の正答率はいずれもチンパンジー以下になってしまいます。
なぜ人間の正当率はチンパンジーのそれよりも低いのか? それは私たちが日ごろ見るニュースや情報のイメージから事実を推測しており、データから答えを推測していないからです。
先ほどの設問の回答は一問目から順に、「60%」、「中所得国」、「半減した」でした。国際的な貧困についてのニュースを見慣れた方はこの回答に驚くかもしれませんが、データを見れば世界は確実に豊かになっています。
「そんなはずはない」と思うかもしれませんが、その感覚は経験によって判断してはいないでしょうか。特にビジネスパーソンの場合、年を重ねるほど経験値に基づいた判断を下す傾向がありますが、事実を導き出すためには客観的なデータが必要不可欠です。
「こちらにいれば儲かりそう」、「いいモノを作れば売れる」という時代は終わりました。どこにユーザーがいて、何をしたら売れるのか。あるいはどうしたら可処分時間を割いてくれるのか、私たちはデータから読み取らなければならないのです。
App Annieの提供するモバイルアプリのデータの有用性
ここからApp Annieの話に移りたいと思います。
App Annieは、世界中のアプリの国別ダウンロード数やユーザー層、MAUや利用時間など、モバイルから取得可能なデータを提供する企業で、世界各国1,000社以上の大手企業が利用しています。創業当時最も親和性が高かったのはゲーム企業でしたが、その後ブランド、金融、小売・外食などに領域を広げ、様々な業界に利用いただいています。
App Annieのクライアントであるトヨタやコカ・コーラ、JRなどについては、モバイルアプリとの関連性が薄いように感じるでしょう。しかしそれもイメージによる推測にほかなりません。
彼らはモバイル上の行動履歴が重要だということを、データが導き出したファクトから理解しています。だからこそApp Annieを通じて、消費者のデータを取得することに熱心なのです。データをもとに、どのような戦略を構築して、企業をいかに成長させていくかをプランニングしています。
海外モバイルアプリが国内市場に直接的な影響をもたらす時代に
次に、データを通じて見えるモバイル環境の変化について、マクロな視点から事例をご紹介します。
2018年、アメリカのニューヨーク証券取引所とナスダックの2つの市場において、テック系の企業が48社上場しています。そのうち95%の評価額を獲得したのは、モバイルを中心に据えた企業でした。つまり、スマートフォンアプリを用いて消費者にサービスや価値を提供するビジネスモデルの企業は、市場からの評価が高いのです。
2018年に特徴的だったもう一つのデータがあります。
2018年、日本国内でアプリダウンロード数1位を獲得したTikTokは、中国発のアプリです。外資系の企業がダウンロード数トップ5位内に入ってきたのは、過去5年のApp Annie Japanのデータを見ても初めてです。
今までダウンロード数を伸ばしてきたのは、モンスターストライクやパズドラ、白猫プロジェクトなど国内で作られたゲームアプリでした。LINEスタンプなどの課金対象も、同様に国内企業のアプリです。それが急速に浸透した中国発のTikTokによって追い越されたという事実は無視できません。
新規ユーザー獲得や、継続的な利用の促進には、モバイル市場独自のノウハウがあると言われていました。今回TikTokを通じて中国は、日本のそういったノウハウを会得したと考えられます。この成功事例は瞬く間に中国の他企業に伝わるため、今後あらゆる中国アプリが日本市場で成功する可能性が高まります。
その兆しはすでに現れています。2019年現在、ダウンロード数トップ15のうち7つほどが中国発のアプリであり、見たこともないような企業のアプリが含まれています。今のところはゲーム領域でのみでこうした進出が見られますが、小売や飲食など多様な領域で同様の事例が生まれる日はそう遠くないでしょう。
では次にどの領域に影響があるのか? その仮説をデータから立てることが大切です。今回ご紹介したTikTokの事例を元にするならば、中国企業が日本市場においてアプリ事業を成功させたというファクトが仮説の出発点になります。
このファクトから、アプリを通じた中国企業の参入が自分たちの企業や市場にどのような影響を与えるのか考え、どんな戦略を立てるべきかを想像してほしいのです。
特に、小売や外食、消費財メーカー、金融機関、旅行・交通業界にメディア・放送、ヘルスケア、エンターテインメント領域に属する企業は、他人事ではないという感覚を強めるべきでしょう。
マーケティングに向き合うデータを取得するために
次に、本日のGLOBALIZEDのテーマのひとつでもあるインバウンドの観点から、データの使い方を考えていきましょう。結論から先に述べると、日本がこれから取り組んでいくべき領域はマーケティングだと考えています。
多くの日本企業は、訪日観光客をどのようにもてなすかについては真剣に考えているものの、その観光客が帰国した後、どのようにアプローチするのは明確にできていません。なぜならば、アプローチを考えるためのデータが取れていないからです。
本来インバウンド施策を考えるためには、観光客の方々が観光に対して何を求め、どのように検索し、最終的に何と何を比較して行き先を決めたのかを知らなくてはなりません。日本企業は、こうした観光客が来日を決定する前のデータを全く取れていないため、マーケティングができない状態にあります。
そこで注目したいのは、各国で利用されているOTAアプリです。例えば、訪日外国人数が上位の韓国で、利用率の高いOTAアプリをご存知でしょうか? 日本旅行に来る韓国人の多くが日本の宿泊施設を検討するために使うアプリを活用すれば、宿泊施設側は顧客創出につながるだけでなく、韓国ユーザーの動向をデータから読み取れます。
こうしたアクションを一社で進めるのが難しいのであれば、数社で連合を組む手段もあるでしょう。海外企業が持ち、日本企業が逃しているユーザーデータをどのように取得するかに真剣に向き合うことが重要なのです。
特に警鐘を鳴らしたいのはヘルスケア領域です。主要国におけるヘルスケア領域のモバイル事業は、収益の成長率が他の分野に比して3倍以上と確実な成長を見せています。特に注目を集めているのは、睡眠やリラクゼーションなどの領域を扱うメンタルヘルスケアアプリ。収益面やMAUの数値上急成長を遂げているアメリカ発のアプリ「Calm」や、中国発の同領域を扱うアプリ「Keep」は、いずれも日本でも利用できます。つまり、これらのアプリではすでにローカライズが済んでいるのです。
これらは海外製であるため、日本で成功を収めたとしても、日本の健康データやアクティビティのデータは国内に残りません。たとえば厚生労働省では健康寿命の課題に向き合っていますが、データがなければ正しい指針を立てられないのではないでしょうか。
ジェネレーションZのふるまいを理解し、戦略構築に生かす
最後に、国内ユーザーの動向をデータから読み取り、マーケティングに生かすためのヒントとなる事例をご紹介します。
ビジネスの対象を考えるとき、注目される二大巨頭は富裕層と若年層です。ここで注目したいのは若年層。「ジェネレーションZ」は、幼少期からスマホに触れられた2000年代生まれの若年層を指す言葉であり、次期顧客層として注目すべき存在のひとつです。彼らからアプリ利用のデータを見ると、面白い傾向を読み取れます。
ジェネレーションZでは、それ以前の若年層と比較してゲームアプリに注ぐ熱量が減少しています。一方で利用率が高いのはクローズドなSNSアプリで、日本国内だとLINEやTwitterの利用率が男女共にトップです。男性でも女性向けの情報サイトを見ていたり、暇つぶしを目的としたSNSに関心が高かったりと、データ上で見る彼らの特徴は非常に掴みづらい。
そんな中、ジェネレーションZに人気のアプリのひとつ、「ひま部」は10代限定のSNSで、起動率80%以上を維持する驚異的なサービスです。その中では暇を持て余した彼らが何に興味を持ち、どんな感想を抱いているのか、その本音を探れます。
2017年から今年にかけてMAUが12倍に急増しているZenlyも、同世代に人気のSNSです。彼らは友達同士で位置情報を逐一公開しながら生活する世代。これを理解しないことには、彼らの行動規範や考えを取り入れたマーケティングは難しいでしょう。
ここまで、データの大切さについてさまざまな領域からお話してきました。海外開発のアプリがあらゆるデータを取得し、それを活かしながら成長を続けているという事実が垣間見られたのではないでしょうか。日本企業が彼らのデータを活かすには、そういった海外企業とアライアンスやパートナーシップを組むなど、何らかの打ち手を検討する必要があるでしょう。
ファクトベースのOODAループを回し、プラン磨きの先へ
今後の戦略構築に重要な考え方としてファクトベースについて説明してきましたが、最後にOODAループについてもご紹介します。
OODAループとは意思決定のフレームワークの一種で、それぞれObserve(観察する)、Orientate(方向づける)、Decide(決定する)、Act(実行する)の頭文字を取っています。このループはもともと軍事戦略家が提唱した考え方で、予測不能な状況下での柔軟な対応を目的としています。
これまでビジネスで有効だと言われてきたPDCAサイクルは日本の製造業に基づいた考え方であり、作るべきサービスの形が明確に定まっていないデジタル領域で有効ではありません。いつまでもプランを磨いているうちに取り残されてしまうのです。
実行してダメなら引けばいい。OODAループの柔軟性に従って、素早く対応していくことが今後のマーケティングには必要です。データを得ないことで生まれる固定概念や先入観から抜けだし、動き出してみてはいかがでしょうか。
(執筆:宿木 雪樹、写真:taisho)
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