消費者データから見る、リテール海外戦略のニューノーマル|WOVN × b8ta × Statista イベントレポート


2020年9月7日、Wovn Technologies株式会社が主催するイベント「Weekly Dialogue #3 コロナ時代の消費者行動を考える ~ b8ta 店舗オープンからの消費者データ~」が、オープンしたばかりの「b8ta Tokyo – Yurakucho」からオンラインで開催されました。

今回のテーマは、小売のサービス化「Retail as a Service (RaaS)」。これまではベンダーが小売事業者にソリューションを提供していましたが、近年は小売業者自身が顧客データ等を活用し、グローバル規模で新たな収益を生み出す動きも見られています。

登壇したのは、体験型 RaaS を提供する米国企業 b8ta 日本代表の北川氏、世界最大級の調査系ビジネスデータベースを持つドイツ企業 Statista(スタティスタ)日本代表の津乗氏、そして WOVN COO の上森です。

コロナ禍での小売業界における変化や、小売企業の国際化に向けた戦略や施策について、各社のキーノートセッションとパネルディスカッションを実施。3社それぞれの観点から様々な意見が飛び交いました。モデレーターは上森が務めました。

【パネラー】
・ベータ・ジャパン合同会社 カントリーマネージャー 北川 卓司 氏
・スタティスタ・ジャパン株式会社 カントリーマネージャー 津乗 学 氏
・Wovn Technologies株式会社 取締役副社長 COO 上森 久之

 

体験型店舗「b8ta」が生み出す新しい価値

上森(WOVN):リテールの話をする前に、まず b8ta はどのような企業でしょうか?

北川(b8ta):b8ta は米国シリコンバレーで生まれた RaaS 企業で、最先端のガジェットや商品を体験できる「体験型店舗」を世界に展開しています。企業様の出品は、月単位のサブスクリプション制で、1ヶ月あたり30万円から出品できる仕組みです。

ベータ・ジャパン合同会社 カントリーマネージャー 北川 卓司
2004年 PR 会社入社後、IR コンサルティング会社、スタートアップの CEO を経て、フランスの EMLYON経営大学院で MBA を取得。 2015年ダイソン株式会社にリテールマネージャーとして入社し、世界初の旗艦店を表参道にオープン。東京統括部長を経て、2019年11月より現職。

 

北川(b8ta):2020年8月1日に有楽町と新宿に日本初の店舗をオープンし、初日には1,000人以上のお客様にご来店いただきました。コロナ禍のため店舗内のカメラでお客様の数を把握し、時には入場制限をかけ、密を避けながら運営しております。

8月に日本でオープンした b8ta の店舗(提供:b8ta)

 

上森(WOVN):b8ta の店舗でお客様はどのような体験ができるんですか?

北川(b8ta):店舗には出品いただいた企業様の商品が並んでいて、お客様に自由に体験していただけます。中にはその場で購入いただける商品もありますが、どちらかというと商品を体験する方に力点を置いておりますので、スタッフと気軽にコミュニケーションを取りながら、商品を楽しめる空間が b8ta です。

その結果「b8ta では『売らないと』『買わないと』というプレッシャーがないので、スタッフとフラットなコミュニケーションが取れた」「ついつい長居してしまった」といった感想をお客様から頂いています。気になっていた商品を帰宅後に EC 等で購入されるケースももちろんあって、店舗体験を楽しんでいただけているのかなと思います。

上森(WOVN):店舗以外の場所で購買が発生しているのは、オムニチャネル的で新しいですよね。b8ta の店舗に何か仕掛けがあるんでしょうか。

北川(b8ta):お客様のプライバシーに配慮する形で、店内設置のカメラからあらゆるデータを取り、出品された企業様に展開しています。例えば、ある企業の区画の前を通った人数や、5秒以上立ち止まった方の人数、デモンストレーションの回数などです。

しかし、企業様から一番喜ばれたのは、お客様からの声のフィードバックでした。普段お客様は商品を購入するとき、スタッフから「なぜこれを購入するんですか?」とは聞かれないじゃないですか。

それが b8ta だと、スタッフも「何で気になったんですか」と気軽に聞けますし、買わない理由を教えていただけることもあります。これは一般的な小売店からは聞けません。こうした定性的な情報を集めて企業様にお渡しすることで、商品開発やパッケージ改良など様々なことに活かしていただいています。

上森(WOVN):人気を集めているカテゴリはありますか?

北川(b8ta):スマホバッテリーなどのガジェット系はやはり強いですね。家庭用ロボットも人気です。店舗にいる「LOVOT店長」は、メディアでもよく取り上げられています。他にはクラウドファンディング Kickstarter 発のペットロボット「MOFLIN」や、ユカイ工学社の「Qoobo」が体験できますよ。

世界的な統計・調査データが検索できる「Statista」

上森(WOVN):次はスタティスタの津乗さんに、「小売業界の世界トレンド」について伺いたいと思います。まずスタティスタとはどのような企業なのかお聞かせください。

津乗(Statista):スタティスタは、世界的な統計や市場調査データに特化したプラットフォームを提供しています。言うならば「プロ向けの Google」。例えば「リテール業界における新型コロナウイルス感染拡大の影響について」など、あらゆるデータを調べられます。

スタティスタ・ジャパン株式会社 カントリーマネージャー 津乗 学
2019年11月 Statista Japan カントリーマネージャーに就任、世界の統計データを定額使い放題で提供開始。直近は外資系ITベンダ―各社にてリテール × デジタル × IoT をテーマに、ソリューション開発やユーザー企業への提案活動、国内外スタートアップなどパートナー企業と共同での市場開発を行う。さらに遡ると、ウェブデザイン、デジタルマーケティング、スクール講師、EC サイトオーナーなど様々な分野に従事。

(提供:Statista)

 

津乗(Statista):今回のイベントのテーマであるリテールに関するデータをいくつか持ってきました。

例えば上図は、コロナ禍においてオンライントラフィックが伸びたカテゴリと減ったカテゴリのグラフです。カテゴリによって如実に変化が現れているのがわかります。リテール分野では、テクノロジー商材やガジェットが増加した他、ジュエリーや時計の売れ行きも好調です。オンライン商談が加速したことによる、「上半身経済(編注:オンライン会議に投影される上半身のファッションのみが売れ行き好調なこと)」の影響かもしれません。

 

COVID-19が導いた、ニューノーマルなオンライン行動様式(提供:Statista)

 

津乗(Statista):上図のデータを見ると、コロナ禍でオンラインの買い物のコンバージョンが20%程上がったことや、滞在時間が減少しているので、短時間で決断されるお客様が増えたことが分かります。このことから、サイト構造やサービス導線など、時間のない中でお客様に購入いただけるような工夫をする必要があるでしょう。

上森(WOVN):スタティスタは膨大なデータが収められていますよね。調べるのに数時間はかかっていたデータが、スタティスタなら英語ですぐに見つかったり、シンクタンクに頼んだら数百万円はするような調査結果が、クラウド上で検索できたりします。自社のシンクタンク的な役割を担えるのが、スタティスタの魅力だと思いますね。

 

世界の多言語化を促進する「WOVN.io」

上森(WOVN): WOVN は、多言語化ソフトウェアを開発している企業です。世界にはさまざまな情報がありますが、日本語でリーチできるのは全情報の3%、英語でも20%に留まります。こうした状況を多言語化によって打破し、「世界中の人が、全てのデータに、母国語でアクセスできるようにする」ことが私たちのミッションです。

Wovn Technologies株式会社 取締役副社長 COO 上森 久之
大手監査法人にて米国物流企業や欧州小売メーカーの会計監査を担当。その後、大手コンサルティングファームにて新規事業/オープンイノベーションのコンサルティング、M&A 関連業務、海外企業の日本ローカライズ支援などに従事。また、米スタートアップ企業で日本代表を務め、日本・アジアでのサービス展開・ブランディングを実施。WOVN では、300社以上のクライアントの Web 多言語化を支援。

デジタル化と外国人市場の成長

 

上森(WOVN):世界ではデジタル化の進展により、インターネットのトラフィックが約200%、e コマースでの購買が約150%も伸びていて、在留外国人の消費やグローバル人材の流入も増えています。こうした中で問題になるのは言語の壁。企業における Web 多言語化が求められているんです。

最近ではコロナ禍で、グローバル企業の経営企画や広報部門が、社内イントラネットで海外子会社へメッセージングする際に苦労したという話が出てきています。海外の従業員はつい英語が理解できるという前提になりがちですが、国や業種、職種によっては英語が分からない方が多いこともあるんですね。

また社内の DX 化が進んだことによって、サイト内のドキュメントの更新頻度が上がって、もはや逐一人力で翻訳していくのが難しくなり、変更箇所だけを差分抽出して対処するような事例も生まれています。

 

e コマース市場の国別トレンドは?b8ta が注目する UAE の可能性

上森(WOVN):ここからはパネルディスカッションに移ります。テーマは「小売企業の国際化」。まずは津乗さんが b8ta に関連するデータを持ってきてくださったそうなので、ぜひ発表していただきたいと思います。

 

アメリカ、 UAE 、日本の e コマースにおける市場規模と、カテゴリ別の伸び率(提供:Statista)

津乗(Statista):b8ta さんはアジアでは、アラブ首長国連邦(UAE)、ドバイ、日本に店舗展開されていますが、なぜ UAE なのか疑問に思いませんか? その答えがデータにあります。

上図は米国、 UAE 、日本の e コマースにおける市場規模と、カテゴリ別の伸び率を表したグラフです。市場規模は米国が2位、日本は3位、 UAE は意外に高くて29位ですね。伸びているカテゴリは、国によって明らかに異なります。各国で e コマースの浸透度合いや消費傾向が違うからです。アメリカではファッション、 UAE ではガジェット、日本では食べ物やパーソナルケアが今後伸びると予測されています(編注:上から…青:ファッション、紺:電化製品、グレー:ガジェット、黄色:家具、緑:食べ物・パーソナルケアを指しています)。

 

e コマースにおける、アメリカ、UAE、日本それぞれの1人当たりの消費額(提供:Statista)

津乗(Statista):他方で上図は e コマースにおける1人当たりの消費額ですが、UAE の伸びが急激であることが分かります。2024年には日本と肩を並べるような購買力が UAE にはあるということです。

これらのデータを統合すると、 UAE は e コマースの市場規模がそこそこあって一人あたりの消費額も伸びている。成長カテゴリーはガジェット。ぱっとデータを揃えただけでもUAEは、b8ta のビジネスに最適な市場だと推測できます。

上森(WOVN): b8ta の店舗では、国ごとの購買傾向の違いがあるんですか?

北川(b8ta):まず出品いただく企業様のカテゴリが違いますね。例えばドバイだと5.1ch サラウンドスピーカーなど、自宅の室内を充実させるような商品を販売する企業様が多い印象です。

お客様の違いとしては、ドバイだと店舗にある商品を半分ほどまとめ買いされる方がいらっしゃいます(笑)。UAE の市場も今後伸びていくということで、日本の b8ta としても非常に注目しています。

 

eコマース海外展開の勝算とハードル。b8ta をハブにした海外展開も

上森(WOVN):次の話題は「コロナ禍で越境 EC は増えるのか」。オンラインでの購買は増えているものの、この時流に乗って越境 EC がすぐに増えるかというと疑問なんです。米国や中国で越境 EC が多いのは、実際に越境 EC の利用者が多く、肌感のある事業者が多いから。しかし日本で越境 EC を使う方はまだまだ少ないので、一気に増えるまでにはあと3年はかかるのかなと。

WOVN.io でも越境 EC の相談はよく受けますが、いわゆるコモディティ商品は、現地商品よりも相当安くないと売れないことが多いです。オリジナリティや文化を醸成している商品は世界でも売れていますが、こうした事例は一握り。まずはスタティスタさん等のデータを活用して、事前調査から始めるのがいいでしょう。

b8ta さんも日本に進出されるときは、相当戦略を練ったと思うのですが、いかがですか。

北川(b8ta):基本的に他国に参入するときは、その国のマーケットストラテジーを作ります。私も b8ta に入社する際、向こう3年分の日本のマーケットストラテジーを作成して、本国の役員にプレゼンしました。

日本全国のどこに出店すべきか検討するとき、使うのはまさにデータです。コロナ禍で人の流れが一気に変わってしまったので、また新たなデータが出てくると思いますが、おそらく駅周辺の集客力が非常に強くなったのではないかと考えています。

 

上森(WOVN):小売企業が海外展開を見据えてデータを見る際のポイントは何でしょうか?

津乗(Statista):現状維持ではなく新しい展開を考えるときには、さきほど提示したような海外のデータや、まったく関心のなかった業界や自分に無関係と思っていたようなトレンドのデータを見て、思考の射程距離を伸ばしていく必要があります。日常を忘れて「データの旅」に出ることで、新しく得られることがあると思いますよ。

また「なぜこの商品が売れなかったんだろう」「なぜお客様に素通りされてしまったんだろう」等の、一般的なリアル店舗ではデータとして残りにくい情報にも大きな価値があります。b8ta 店舗に出展して、こうした情報を得るのも有益でしょう。

上森(WOVN):今後、 b8ta の海外店舗に、日本企業が進出していくことも考えられますか?

北川(b8ta):もちろんです。日本企業にはぜひ、 b8ta のプラットフォームを利用してほしいと思っています。まず日本の b8ta に出品して感覚を掴んでから、米国やドバイなどの店舗に出していくと、海外展開のハードルも下がるのではないでしょうか。出展は月単位のサブスクなので、海外なのに「まずはお試しで半年出してみる」という選択肢も取れますね。

 

上森(WOVN): b8ta に国内外のブランドが出品する際のルールはあるんですか?

北川(b8ta):出品時のルールは、国内外の企業様に販売ルールを遵守していただいています。あとはブランドロゴを掲示しないでいただいて、b8ta としてのブランドイメージを担保していますね。それ以外の、展示する商品や店頭タブレット内の動画内容等は自由なので、企業様が自社ブランドを存分にアピールできる環境は整っていると思います。

その他海外展開でクリアすべき部分は、言語やライセンス、関税、その他の税制等。課題は多いですが、この辺りをカバーできれば前進すると思います。

上森(WOVN):言語の壁に関して多言語翻訳の際によく課題になるのが、商品名が複数あることです。ある国の商品を海外展開するとき、英語や日本語に単純翻訳している場合と、国ごとに全く違う商品名をつけて販売している場合があるんです。この点、 WOVN.io としてはなるべく商品名を統一して、検索性を高めることをお薦めしています。

北川(b8ta):b8ta も日本に参入する際、似たような言葉の定義に苦労しました。例えば商品を展示することは「出品」、b8ta 自身が店舗を出すことは「出店」と決めたんです。

上森(WOVN):ルールを一度作ってしまえば、あとの翻訳作業はスムーズにできるので、定義付けは大切ですね。あとはブランドの定義付けも非常に重要ですが、難しい部分でもあります。WOVN も自社のブランドポリシーについて個別に判断・定義してきたのですが、組織が大きくなってきたため、ブランドブックを作成して統一する予定です。

津乗(Statista): b8ta の仕組みやコンセプトは日本でもうまく浸透していますか?

北川(b8ta):そうですね。RaaS という言葉については、 SaaS や MaaS が先に浸透してくれたおかげで、ある程度伝わりやすかったと思います。店舗のスタイルについては、アンテナショップやショールームに似ているかもしれませんが、「体験型店舗」と定義することで、体験を提供するというコンセプトが明確化されたと感じています。

上森(WOVN):次に出店するエリアは決まっているんですか?

北川(b8ta):よく聞かれる質問です(笑)。やはりコロナ禍で難しい状況下なので、2店舗の足元を固めてからですかね。ただ b8ta はオンラインで出品できるので、出品いただく企業様の場所よりも、多くのお客様に来ていただける場所に出店した方がいいんですよね。そういう意味では、東京だけでなく大阪、福岡なども候補に入るかもしれません。まずは是非、有楽町と新宿の店舗に足を運んでいただけたら嬉しいです。

 

上森(WOVN):では以上で終了とさせていただきます。北川さん、津乗さん、ありがとうございました!

(執筆:金指 歩、写真:taisho、編集:pilot boat)


多言語化は WOVN.io で!