セブン銀行のATMやアプリを統括する、株式会社セブン銀行 常務執行役員 大口さん。今回は大口さんに、海外送金を軸とした外国人戦略、多言語化対応、そして次なるステップである「多文化共生」についてお話を伺いました。インタビュアーはWovn Technologies 株式会社 取締役副社長 上森です。
現地出身のメンバーだから出てくるアイディア
上森:海外送金を担当している外国人メンバーは、「多言語メンバー」と呼んでいるのですね。多言語メンバーの役割はどういったものでしょうか?
大口:
正直な話、昔はほとんど通訳だけを担当してもらっていました。なので営業などは日本人が考えて担当していたのですが、多言語メンバーの話を聞いていると、彼らの力を存分に発揮すれば、もっと海外送金ビジネスは発展すると感じたのです。象徴的な事例をひとつお話しましょう。
フィリピンの方々は、サプライズが好きなのだそうです。そのためフィリピン人メンバーが中心となり、セブン銀行のアプリから、フィリピンにいる家族にサプライズプレゼントできるサービスを実装しました。このサービスはフィリピンの大手通信会社と連携し、決済もセブン銀行のデビットカードで済ませられる仕組みとなっています。
現地ではファーストフードでもサプライズで届いたら、非常に喜んでもらえるのだそうです。日本の感覚だと、そもそも外国から本国のご家族にファーストフードセットをプレゼントするという考えがありませんよね。
上森:
現地のカルチャーを知っているからこそできた施策だったのですね。多言語メンバーの役割が、通訳からビジネスに変わっていったとのことですが、具体的にどのように役割が変わったのでしょうか。
大口:
もちろん人や仕事にもよるのですが、たとえば自分の国の方をまとめるという責任の思い仕事だったので正社員に登用し、現在では係長クラスの方がいます。逆にもっと柔軟に働きたいという方は正社員、契約社員という立場にかかわらず、自由にやれるように差配する、といったことをしています。また評価としては、単に結果を測るだけではなく、プロセスに重点をおくようになりました。
9カ国語展開に必要なデータベース
上森:
海外送金サービスの具体的なお話をさせてください。簡単にサービス概要を教えていただけますでしょうか。
大口:
WEBでも使えるのですが、最近はアプリからご利用いただくお客様が多くなっています。機能としてはシンプルに、残高を見たり、レートを確認したり、送金できたりといったものです。チャートも見られるので、為替がここ1週間、1年間といったスパンで安いのか高いのかといったことの確認もできるし、シミュレーションも可能です。
加えて、受取人の追加もアプリ上で簡単にできます。海外送金の窓口ではこれがかなり大変なんです。これは「登録するこの方はだれか」といったことにすごく時間がかかるからです。コンプライアンスの観点から仕方がないのですが、利用者からすれば、このチェックを待っているのはすごく労力がかかる。
セブン銀行アプリでも同様のチェックはするのですが、一旦登録していただければ、一日かけてスタッフがチェック作業をします。なのでお客様は待たされているという感覚がないんです。
大口:
サービスサイトは9言語で利用可能。使い方がわからないなと思ったら、ボタンをタップさえしていたふだければ多言語で使い方を確認できます。
上森:
9カ国語は多いですね! 日本で働いている方の母国語が多いのでしょうか?
大口:
そうですね。
上森:
使われる用語や、決まった用語の整備はどのようにされていますか。
大口:
基本的には日本語があって、この用語はタガログ語ではこう、ベトナム語ではこう、というようなデータベースをもっています。
上森:
WOVN.ioでもよくご相談をいただくのですが、用語の一元管理には苦しんでいる企業が多い印象があります。その点はいかがでしょうか?
大口:
特に金融用語という意味ではお客様に誤解を与えるわけにいかないので、かなり厳しくチェックしています。
とはいえ、最初から成功していたわけではありません。たとえば日本語における敬語のようなイメージで、言い回しが難しいシーンというのはどの言語にもあります。もちろん最低限読めるようにはなっているのですが、ちょっとおかしなところは「この言葉遣いは、ビジネスならしないよ」「こっちの言い回しのほうがいいかも」ということをお客様が教えてくださっていました。そうやってコツコツ今のデータベースを構築。おかげさまで最近は長期に運用して慣れてきたところもあって、そういったご指摘も少なくなりました。
上森:
ユーザーからフィードバックをいただいていたんですね。
大口:
多言語メンバーが最終的には翻訳チェックするのですけれども、たとえば若い人が使う言葉と年配の方の表現って、日本人でも違うじゃないですか。本人は「そんなつもりはないです」って言いますが、年配の人から見ると…といった苦労が最初のうちはありました。
今の例は金融情報のような固いコンテンツですが、逆にもっとライトなコンテンツ、例えば使い方説明の動画といったものは、もっと簡素化しています。動画に関していえば、そもそも言葉が違っても伝わるようにするべきですしね。
上森:
先ほどセブン銀行のアプリは9カ国語と伺いました。多言語化するにしてもいきなり9カ国語にも対応するというのはなかなか聞いたことがないのですが、言語をたくさん用意するということの難しさはありましたでしょうか。
大口:
まず多言語メンバーはもともと通訳として入社しているのもありますので、基本的には自分たちで翻訳しています。
そもそも銀行として、お客様に間違った情報を提供してはいけません。たとえば数字が違うということは絶対にいけない。しかし翻訳に完璧はありませんし、完璧な正確性よりタイムリーな情報提供が必要な場合だってあります。そのため、とにかく早くやってみて、エラーがあったら早く直していこうと、そこは割り切った面もあります。
ちょっとここの使い勝手が悪いとか、こうしたほうがいいというお客様からの指摘は、まとめていっぺんに直したりということも含めて、常にバージョンアップを繰り返してきています。今ではノウハウが溜まってきたのもあって、だいぶ楽にはなっていますけどね。
海外送金アプリから「多文化共生」サービスへ
上森:
アプリは金融以外の機能も備えているのですか?
大口:
いま各地方自治体と「多文化共生」に取り組んでいるところです。
銀行なのでお客様のお話を色々と伺うわけですが、その中には当然金融以外の外国人関連の悩みもたくさんあるわけです。たとえば「ゴミ出しのルール」。日本人でも引っ越したりしたときにはゴミの出し方の違いに戸惑うのに、外国人なら言わずもがなですよね。
じゃあセブン銀行がゴミの出し方を教えるかというと、さすがにそこまではできない。とすると、行政の方と連携が必要です。外国人の方々はゴミの出し方に困っていますよ、と。
これは当然一例で、外国人が抱えている悩みを解決するためには、行政、交流協会のようなNPO、雇用している企業などと一体となって支援する必要があります。であれば、セブン銀行が輪を作り、コレクティブインパクトという形でステークホルダーを結んでひとつの輪になるようにすれば、多文化共生を進めていくうえでのお手伝いができるんじゃないかと考えたのです。
そのためのツールとして、アプリを使っていただくことができるのではないかと。交流するにしても「ここに書き込めばいいよ」「ここを見ればいいよ」というツールがないといけないので、それをアプリに機能として備えようというわけです。
そもそもアプリは口座を作らなくても使えます。そういう意味ではアプリはもともと、我々の商売のためだけにやっているわけじゃないんです。もっと幅広い方に使ってもらうためにはどうすればいいか、と考えたのがこの多文化共生構想です。
上森:
あらゆる方々が集まる中立的なプラットフォームにしていこうという考えですね。インターネット上に外国人と外国人を助ける支援者たちが集まる、インターネット上のコミュニティ。
大口:
そうですね。
最初の話に戻ってしまうのですが、まだ私が日本長期信用銀行にいた頃、当時の頭取から薫陶を受けたことがあります。「これからはアジアの時代だ」と。「アジアはこれから成長していき、アジア人の資産のために貢献してほしい」。そう言われたのです。
私の心の中にはずっとその言葉が残っていて、時を経て、当時の頭取と同じくらいの年齢になり見える世界が変わり、やっとアジアに貢献できる時代と仕事に巡り会ったのです。
まだまだ多文化共生という意味で貢献できることはたくさんあると考えています。これからのセブン銀行の取り組みにご注目ください。
上森:
まさに多文化共生というところで、アジアの皆さんと一緒に仕事をして、日本を含め世界にいい影響を与えていくということですね。大口さん、本日はお時間いただきありがとうございました。
大口:
ありがとうございました。
(文:peitaro、写真:taisho)