発生から約半年が経ったいまでも、新型コロナウイルスは猛威を振るい、世界の公衆衛生上の安全や経済など多方面に深刻な打撃を与えています。
中国の国家統計局が今年の第1四半期のGDP(国内総生産)はマイナス6.8%まで落ち込んだと発表し、経済全体への打撃が明らかになりました。感染者数が最も多い国の一つであるアメリカでは、4月から3か月間のGDPの伸び率が年率換算でマイナス40%近くまで落ち込み、失業率は14%に跳ね上がるであろうと予測を公表しました。
感染者数が1万6,000人を超えた日本では、総務省が4月28日に発表した3月の労働力調査によると、完全失業率は2.5%でした。製造業に続いて宿泊・飲食サービス業などの就業者が大幅に減り、全体の失業率は欧米に比べて落ち着いていますが、「緊急事態宣言」はまだ一部地域では解除されていません(2020年5月15日時点)。
在宅勤務が長く続いている中、私は色々な情報をまとめ、今回は中国のビジネスモデルの変革の視点から「中国国内の急増するオンラインエコノミー」、「日本国内の低迷するサービス業」という2つのテーマを説明し、これから中国市場とどう向かっていくのかを一緒に考えていきたいと思います。
❶中国国内の急増するオンラインエコノミー
▲オンライン決済
第1四半期(2020年1月~3月)の社会消費財小売総額は7兆8,580億元(約118兆円)で、前年同期比を19.0%下回りました。3月は2兆6,450億元(約40兆円)で同15.8%減少し、減少幅は1月~2月を4.7p下回りました。全国のオンライン小売額は2兆2,169億元(約33兆円)で同0.8%減少しましたが、このうち実物商品のオンライン小売額は1兆8,536億元(約28兆円)と同5.9%増加し、増加幅は1、2月を2.9ポイント上回りました。
オンライン決済利用者数が7億6,800万人に達した中国では、ゴールデンウィーク連休期間に国家級ネットショッピングイベント「双品網購節」を開催し、スタートしてからわずか37秒で売上高は1億元(約15億円)を超えました。「双品」には「ブランド(品牌)を消費する、品質を消費する」との意味が込められ、新型コロナウイルスの経済影響を緩和し、国内需要を拡大する目的として、参加企業は各社の特徴や優位性を活かしました。例えば、団体購入や時間限定販売、買い換え促進、新製品の発表などさまざまな販売手法を繰り出し、非接触配達、問い合わせ窓口やおすすめ商品紹介、購入後の保証などさまざまなサービスも合わせて打ち出し、消費者のショッピング体験を全方位的に、全プロセスにわたって向上させます。
一方で、越境EC(電子商取引)も好調です。日本製のキッチン用品や日用品を輸入し、TMALLやJD.comなどの越境ECサイトで販売している大連良品生活貿易有限会社の2月の売上高は約1,300万円で、前年同月比60%増となっています。新型コロナウイルス感染の拡大がECでの消費に与える影響が少なかったほか、中国国内の多くの工場が生産を一時停止したため商品供給が間に合わず、結果的に輸入品へのニーズが高まったことが要因として考えられます。
さらに、アリババグループのBtoC越境ECプラットフォーム「天猫国際(Tmall Global)」は4月16日、「今後1年間で1,000の海外ブランドの中国進出を支援し、天猫国際プラットフォームへの新規加入を促進する」と発表しました。海外ブランドの中国市場への参入を加速させ、中国消費者により多種多様な輸入商品を提供する一方で、多くの企業にとってビジネスモデルを改革するチャンスだと思われます。
▲オンライン教育「授業を止めても学びは止めない」
中国では、新型コロナウイルスの影響は冬休み明けに学校が全部閉鎖されたものの、政府が「停課不停学(授業を止めても学びは止めない)」方針を宣言し、各教育機関がオンライン上での授業を開始しました。全国約2億7,000万人の児童・生徒・学生に対し、教室授業からオンライン授業に切り替えました。
その影響を受け、教育・学習アプリ全体のDAU(1日あたりのアクティブユーザー)は、冬休み前(2020年1月2日~1月8日)の8,700万人から、冬休み後(2020年2月3日~2月9日)の1億2,700万人へと46%増加しました。
実は新型コロナウイルスが流行する前にも、中国のオンライン教育市場は成長領域として注目されていました。前瞻産業研究院の研究報告によると、2019年の中国オンライン教育のユーザーは2.59億人、市場規模は約2.4兆円と大きな市場になっています。市場規模だけに着目すると、2016年の約1.1兆円から毎年20~30%以上伸びていることが分かります。
現在、各地で段階的に学校が再開されましたが、感染第2波・第3波のリスクを防ぐため、オンライン教育はこれから世界中でも主流となっていくでしょう。
▲オンライン医療「行列なし、薬は宅配」
中国では2014年ごろからオンライン診療が始まりましたが、保険適用外だったことに加え、対面診療への患者の根強い要望から利用が伸びず、一時は5,000を超えていた業者の多くが経営難に陥りました。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大がきっかけとなり、中国でオンライン診療が急速に普及しています。いまではインターネット病院も誕生し、スマートフォン上での診察と調剤が可能になりました。
易観智庫網絡科技有限会社の分析によると、新型コロナウイルスの流行によって、インターネット医療の市場規模は2020年に約3兆円に達する見込みです。また、年間成長率は前年比63.7%増になると予想され、2014年の59.3%を超え、2013年以来最高の成長率となる予測されています。
さらに、上海市は新たな経済発展を目指すべく、4月13日に「上海市オンライン新エコノミー発展促進行動方案(2020~2022年)」を発表しました。方案(プログラム)は、100社以上のイノベーション企業の育成、オンライン新エコノミーの応用、オンラインブランド商品やサービスを作り出すことなどを主要目標としています。
オンライン新エコノミーとは、人工知能、5G、インターネット、ビッグデータ、ブロックチェーンなどの技術を、生産製造、ビジネス金融、コンテンツ産業、教育・健康および流通移動などの分野と深く融合させた新業態を指します。プログラムでは無人工場、遠隔勤務、オンライン金融サービス、オンライン文化娯楽、オンライン展覧展示、生鮮EC小売、「無接触」配送など12分野を重点発展領域に指定し、支援します。また、2022年末までに上海市を、全国をリードする国際影響力のある「オンライン新エコノミー」の中心とする目標を掲げています。
新しい政策を受け、企業の働き方はよりデジタルになると考えられます。Microsoft、Twitter、LINEなどの有名企業は石油危機、リーマン・ショックや東日本大震災から誕生し、深刻な状況を乗り越えました。今回、目に見えないウイルスと長期的に戦うのが初めてですが、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である」と、イギリスの自然科学者チャールズ・R・ダーウィンが残った名言から、新たな考え方と生き方を生み出せるではないでしょうか。
❷日本国内の低迷するサービス業
世界各国は国境を閉じ、海外旅行は難航しています。中国国内の観光地はおよそ70%が再開していますが、多くのところでは入場者数を制限したり事前予約を求めたりするなどの対策がとられています。さらに、入場にあたっては、スマートフォンのアプリを通じて新型コロナウイルスの感染リスクがないことを証明する「健康コード」の提示が求められているほか、体温検査も行われます。例えば、北京にある世界遺産の故宮は、およそ3か月ぶりに5月1日から観光客の受け入れを再開しました。インターネットでの事前予約制としていて、以前は1日8万人まで受け入れていた観光客を5,000人に制限し、広々とした故宮の敷地内はわりと閑散としていました。
色々な対策に取り組んでいる中、ゴールデンウィーク連休期間で約1億1,500万人が全国津々浦々に出掛け、475億6,000万元(約7,175億730万円)の観光収益をもたらしました。上海ディズニーランドも5月11日に全面再開し、来園者にはマスク着用を義務付け、入場時に体温を測るといった対策を実施しています。
中国国内の観光市場は少しずつ回復してみれますが、日本国内ではまだ深刻な状況が続いています。2019年に日本を訪れた中国人は959万4,300人と過去最高を記録、訪日客全体の3割を占めました。そのうち、2019年2月訪日中国人は723,617人となった一方で、2020年2月は前年同月比87.9%減となり、わずか87,200人でした。このことは、かつてない大きな衝撃を与え、観光業はこれまでに経験したことのない苦境に立たされています。
そんな中、国内外に42軒の宿泊施設を運営する星野リゾートは、新型コロナウイルス感染予防策として、同社が対策軸として掲げる「衛生管理」「3密回避」に対応する独自の取り組みを進めています。新型コロナウイルスでストレスを抱える人たちが心を解放して過ごせる滞在を提供するため、「チェックイン時の検温実施と海外渡航歴の確認」、「通常の客室清掃に加え、ホテル館内のアルカリ電解水による清掃と拭き上げの実施」「レストランの混雑状況を管理し、入店時間の分散化を実施」などの対策を実施しています。また、プールがある施設では、ロッカー数の間引きや間隔を空けるほか、混雑状況をウェブで確認できる新サービスも開始しました。
また三越伊勢丹ホールディングスは5月11日、新型コロナウイルスの感染拡大で消費行動が変化していることを受け、EC事業の強化を含む新たな中期経営計画を公表しました。ECサイトでは商品やイベント情報を一元化したサイトデザインに6月から刷新するほか、取り扱い商品数を10万点から約15万点に拡充し、公式アプリの配信も同月に開始します。商品の販売だけではなく、ユーザーの嗜好に合った最適な情報をレコメンドするほか、スタイリストへのチャットでの相談や、靴の3D計測サービス、事前に来店予約ができるサービス、店舗の混雑情報の発信、店頭商品の事前決済等に順次対応すると対策を打ち出しました。
市場回復まではまだ時間がかかりますが、こういった工夫で乗り切っていく企業は増えていくでしょう。また、アジアに向けて日本を紹介するメディア『FUN! JAPAN』を運営する株式会社Fun Japan Communicationsが、アジア7カ国を対象にしたオンライン調査によると、90%以上の方は「安全なら日本に行きたい」と回答しました。世界中で厳しい状況が続いている中、日本旅行の意欲は下がっていないことから、収束後の爆旅行を期待できるのではないでしょうか。
❸まとめ
アメリカハーバード大学の研究チームが「新型コロナウイルスの世界的流行を抑えるためには、外出規制などの措置を、2022年まで断続的に続ける必要がある」と発表し、いまでも多くの国で入国制限をかけていますが、解除されるまでは新型コロナウイルスとどう戦うべきか、常に考えなければなりません。新規事業を立ち上げる、他の企業と協業を開始する等を通じて、新たなイノベーションが生み出されるきっかけになる、という面もきっとあるのではないでしょうか。
延期された中国全国人民代表大会(全人代、国会に相当)はいよいよ5月22日に開幕します。新型コロナウイルスの蔓延によって、大きな打撃を受けた経済を立て直す具体策が示されるかが焦点となります。収束されるまでの先行きは不透明な状況が続きますが、我々は共に立ち向かって一緒に乗り越えようという気持ちは決して変わりません。次回は中国の人気アプリの特徴と海外展開などについて、詳しくご紹介していきたいと思います。少しでも力になれば幸いでございます。引き続きよろしくお願いいたします。
(文・韓)
参考資料
人民網「1-3月の経済情勢に関するデータを発表 中国」
http://j.people.com.cn/n3/2020/0429/c94476-9685502.html
NHK「米議会 GDPマイナス40%近くと予測 新型コロナで 」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200425/k10012405311000.html
人民網「“五一”期间全国累计发送旅客1.21亿人次」
http://auto.people.com.cn/n1/2020/0507/c1005-31699691.html
人民網「中国の観光市場に活気戻る メーデー連休の収入475.6億元」
http://j.people.com.cn/n3/2020/0506/c94476-9687172.html
新華網「中国のオンライン決済利用者、今年3月時点で7億6800万人に
http://jp.xinhuanet.com/2020-05/07/c_139038008.htm
人民網「国家級ショッピングイベント「双品網購節」始まる 新型コロナの影響を緩和へ」http://j.people.com.cn/n3/2020/0429/c94476-9685548.html
「コロナウイルス対策で大活躍!中国のオンライン教育の成功要因とは?」
https://news.yahoo.co.jp/byline/shibatanaoki/20200324-00169075/
JETRO「2~3月は大手越境ECサイトでの販売増、大連の輸入販売業者に聞く」https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/03/91fc7bf613418d7d.html
東京新聞「行列なし、院内感染なし、薬は宅配 中国で加速するオンライン診療、日本でも急増」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/202003/CK2020033002100030.html
日本CTO協会「アフターコロナの中国で消費急増が予測される5大産業の現状と未来」
https://cto-a.org/news/2020/04/27/1896/
NHK「中国 観光地の70%再開 入場制限など新型コロナ対策も」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200511/k10012425661000.html
JNTO「訪日外客数(2020年2月推計値) 」
https://www.jnto.go.jp/jpn/news/press_releases/pdf/200319_monthly.pdf
日本経済新聞「上海ディズニー全面再開 中国、「正常化」を強調」https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58926010R10C20A5MM0000/
観光経済新聞「星野リゾート、新型コロナへの対応策紹介」https://www.kankokeizai.com/%E6%98%9F%E9%87%8E%E3%83%AA%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%88%E3%80%81%E6%96%B0%E5%9E%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%AF%BE%E5%BF%9C%E7%AD%96%E7%B4%B9%E4%BB%8B/
Impressビジネスメディア「新型コロナ対策でECなど強化、三越伊勢丹が取り組む3つのデジタル施策」https://netshop.impress.co.jp/node/7619
日本経済新聞「中国全人代、5月22日開幕へ 2カ月半遅れ」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58621310Z20C20A4I00000/